SIKO FEATURED 特集記事
人の力とチームワークで、「漏れない」袋をつくる
みんなの力で、全ての袋を漏れないようにしていきたい

福島県二本松市、その広大な敷地にシコーの福島製造部はある。
福島製造部は1980年に設立され、2023年に現在の場所に移転してきた。
工場の移転だけではなく、福島製造部は様々な業態変化をしてきている。例えば、もともとはPP樹脂袋を製造していたのだが、現在は紙袋を中心とし、両底袋や片底袋といった機械貼りの製造に変わっている。
シコーの成長や歴史の変遷と福島製造部は、切っても切り離せない関係にあると言う。
福島製造部における袋へのチャレンジは、シコーという会社を象徴するといっても過言ではないのではないか。
福島製造部で働く技術者の努力と知恵が、今の「漏れない袋」にどう繋がっていくのか。
工場長である岡山一貴と製造現場担当の大内重利に話を聞いた。

仕事に向き合う姿勢や新しいことにチャレンジするというモチベーションでさまざまな困難にも立ち向かう
当初、福島製造部ではPP樹脂袋をつくられていたと聞きました。そこから現在の業態に変わったと伺っています。
岡山工場長:もともとはPP樹脂袋を製造していたのですが、需要と供給の問題、時代背景など様々な要因の中で、現在の紙袋の機械貼りを中心とした業態に変わってきました。当時、手貼りのものは漏れないけれど、機械貼りはどうしても漏れてしまうという中で、私たちとしても漏れない袋を機械貼りで製造するというのは大きなチャレンジであったのだと思います。
業態を変えるのは大変なチャレンジだと思います。多くの問題や困難もあったことだろうと思いますが、乗り越えられた理由はあるのでしょうか?
岡山工場長:当時の話を聞くと最初はかなり苦労したと思います。もちろんクレームもありましたが、その中でもお客様と一緒になって対策を考えたり、工場のメンバーで試行錯誤をしてくれたと聞きました。本当にいろんな経験を重ねてきたと思います。
乗り越えられた理由については、言い出すとキリがないのですが、何よりもこの福島製造部で当時から働いている人たちの努力だと思います。その人たちと共に会社が歩んできたからこそ、今があるのだと思います。手前味噌ではありますが、やっぱり福島製造部のメンバーはすごいですよ。仕事に対してとても真っ直ぐでこだわりも強い。探求心がすごいです。
技術力も素晴らしいと思います。機械を調整したり、自分たちで改造の案を立案したり、技術レベルが圧倒的に高い。そういう人が何人もいたので、技術やオペレーションも今まで伝承してきているのではないでしょうか。

なぜ福島の製造部にはそういった人が生まれるとお考えでしょうか?
岡山工場長:どうしてなんでしょうね(笑)
この前、長らく勤められていたベテランの方が引退されたのですが、その方のエピソードを前工場長から伺った時に、その方はPP樹脂袋の製造でもその手腕を発揮されており、ひとりで7~8台の織機を担当されていた中、非常に効率よく生産数を上げられていたという話を聞きました。先ほどお伝えした通り、もともと福島製造部ではPP樹脂袋を製造していたのですが、その当時、生産効率の高い社員を社内表彰する仕組みがあり、その方は何度も表彰されていたそうです。
その後、樹脂袋部門から紙袋部門の方に異動されましたが、そこでも長らくオペレーターを務めていただきましたし、他工場へ応援や指導にも行っていただきました。この方だけでなく他の方も、場所や製造するものが変わったとしても、工夫して取り組んでくれますし、生産性を高めることにも積極的に取り組んでくれます。環境が変わったとしても仕事に対して真摯に取り組んでいただく、そういう方が一人ではなく何人もいたので、次の世代やその次の世代に受け継がれていったということではないでしょうか。
大内さんは当時、そういった方々と一緒に現場で働いてこられたと思いますが、いかがですか?
大内:私が入社したのは、両底袋の機械貼りに切り替わるタイミングでした。その時はもともとPP樹脂袋を作っていたので、当然その先輩方のもとで仕事に取り組んでいくわけです。
先輩方の技術はもちろんですが、製品に対しての向き合い方や考え方、そして気持ちの持ち方っていうことがお手本となり、自分の仕事にこだわりとストイックさを持っていて、そういう先輩たちを見て、一緒に仕事をし、共に達成感を求めて、それを味わったことは自分にとっても大きな経験になっていると思います。
また、両底袋の機械貼りへの挑戦は、私を含めて福島製造部の人たち全員が初めてなわけで、ノウハウも何もありませんでした。
しかし、仕事に向き合う姿勢や新しいことにチャレンジするんだというモチベーションがあったからこそ業態が変わってもできたのだと思います。
今では後輩の皆さんがしっかりとしたものづくりをし続けてくれています。
今までにも様々な問題がありました。それらを解決する知恵や工夫というのは福島製造部には根付いていました。だからこそ福島の人たちがやれるだろうと業態が変わったとしても信じていただけたのだと思います。

「漏れない」を追求してきたということは、
漏れる理由が分かっているということ
そういった福島の人や技術が「漏れない袋」の土台をつくっているのですね。福島の技術力についても伺いたいのですが、具体的にどのような部分が「漏れない袋」にとって大事なのでしょうか?
岡山工場長:私の記憶では、福島製造部に底貼り機が導入される前の時代は、手貼りは漏れないけれど、機械貼りは漏れると言われることが多かったと思います。
手貼りは糊の塗布位置に自由度があるので、漏れやすいと言われる箇所にも糊が塗れますし、もっと言えば漏れない貼り方ができます。
現行の最新型の機械と違って当社が導入している機械は構造上、漏れやすい箇所に糊を塗布してしまうと、糊をつけてはならない箇所にまで糊が付着してしまう恐れがあり、このため糊を塗布できる部分は制限があるような形です。
最新型の機械の構造では、当社が所有している機械と違って塗布位置・方法の工夫で漏れないようにできるとは思いますが、それでも漏れる袋はあると聞きます。
最新型の機械でも漏れる可能性があるのですね。
岡山工場長:最新型の機械をそのまま使ったとして100%漏れない保証はないです。でも仮に私たち福島製造部に最新型の機械が導入されたとしたら、100%漏れないようにする工夫はできます。「漏れない袋」を追求してきたということは、漏れる理由が全て分かっているということですからね。

逆に漏れる理由というのもお伺いしたいです。やはり内容物が細かければ漏れやすいということでしょうか?
岡山工場長:そうですね。粉の流動性による問題が大きいですね。つまり流動性とは粉のサラサラ具合ですね。砂時計みたいなものをイメージしてもらえると分かりやすいと思います。ほんのわずかな隙間さえあれば、サラサラと流れ出てしまう。そうした性質を持つ内容物は、どうしても漏れやすくなります。
大内:粉漏れというのは、ミクロ単位の細かい粉が流動することで起こります。袋に入っている粉の動きは一定ではありません。微小な空間で粒子同士が擦れ合ったり、空気を含んで舞ったりするわけです。そこにわずかでも隙間があると、粉はまるで生き物かのように逃げ出そうとしていく。さらに空気も出たり入ったりするので、隙間に向かっていくことで漏れ出てしまうわけです。
岡山工場長:袋に粉を入れる時には充填機という機械を使います。粉体によっては、軽くて細かいので自重では入らないものもあります。その場合、充填機にエアパッカーという種類があるのですが、空気と一緒に粉体を押し出すことで袋の中に粉体を入れています。空気と一緒に粉体を入れるので、袋の中は粉体だけではなく空気も入っていきます。
その袋と一緒に入った空気を抜くということもしないといけない。しかし、空気が抜けるということはどこかに通り道がある。そうすると粉が漏れる可能性が出てくる。
この相反する内容を解決しなければいけないので、あらゆる技術・工夫が必要なんです。
その中においてシコーの袋の強みとはどのような部分なのでしょうか?
大内:他社の袋も素晴らしい技術をお持ちだと思います。その上で私たちの強みを挙げるとすれば、袋の設計バリエーションの豊富さにあると思います。一台の機械でもいろんな仕様の袋に対応できると自負しています。また、バリエーションが多いということは、部材の組み合わせを多様化できることであり、そこから全く新しい何かを生み出す可能性もあるということです。この柔軟性は、何か問題が発生した際の解決策にも応用できますし、何よりもスピーディにその問題が解決できるものと感じます。
岡山工場長:そういったバリエーションが多くできているのも、シコーという会社が様々な袋を作り続けてきたということだと思います。
どんな袋でも作れそうですね(笑)
大内:もちろん、できることと、できないことはありますよ。
お客様もこういう袋を作れませんか?というお問い合わせを営業さんからお聞きすることもあります。
私たちとしては、すぐに首を横に振らないというか、やれる可能性があればやってみますね。
失敗もいろいろありました。でも一つ成功して、また一つと。先ほどお話したバリエーションというものがこういう場面で生きてきますね。
これとこれを組み合わせればこれができるだったりとか、いろんな考えで方向性を変えながらものづくりができるっていうことはありますよね。